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東日本大震災の現状

3月21,22,23日とお休みを頂きまして東北地方へと行ってまいりました。たまたま子供たち二人も春休みと言う事で連れて行きました。奥さんは仕事の都合上我が家でお留守番をしてもらいました。
今からこのお休み中の出来事を書いていこうと思いますが、あくまでも僕自身の感想と言うか主観、視点で見たこと、あったことを書いて行きますので不適切な発言、被災者様に対し不愉快な気持ちにさせてしまうかもしれません。あくまでも一個人の感想ですのでご理解頂ければと思います。
そもそも東日本大震災に対して皆さんはどんな思いがあるでしょうか?未曾有の大震災となり世界中から見ても歴史上教科書に載ってしまうような出来事ではないでしょうか。震災直後は日本中パニックになりましたよね。3.11自分は作業場で作業していたわけですが2時40分台でしょうか?ここ静岡県伊豆市は震度4ぐらいでしょうか?長ーい横揺れがありました。おー地震だなぐらいの感覚でしたね。その後ラジオの放送が通常番組から地震があったことを伝える緊急放送に変わりました。東北地方を震源とする地震が発生しました。海岸部の方は津波に注意してくださいとの放送だったと思います。テレビをつけたら東京か千葉?の石油コンビナートの火災の映像が飛び込んできました。なんかやばいなーと直感はしました。その後は皆さんもご存じのことと思います。
震災直後からここ静岡県伊豆市では食料の買い占めがありました。なぜか菓子パンが売り切れていました。電池を買いに行こうと行ったら電池も売り切れでした。車のガソリンも一人20リッターまでの制限になりました。その後、東電による計画停電がありました。マスコミ、TVでは連日被災地からの悲惨な現状を伝えていました。公共広告機構ACのCMがバンバンながれていましたね。自衛隊頑張っていました。江頭2:50分カッコいいと思いました。被災地支援に多くの方が向かったと思います。コンビニなどで募金も沢山したのではないでしょうか?皆さんひきこもごもの1年だったと思います。原発の放射能問題、がれきの除去問題等問題がどんどんでてきました。おい管元総理、野田総理をはじめ国会議員しっかりしろ!!建前だけで動いてんじゃねーぞ!!て感じです。
さて大震災から1年が過ぎ被災地の現状はどうなのでしょうか?今回やっと時間の調整がつき今回の東北地方訪問へとなりました。夜の10時にここ静岡県伊豆市を出発して宮城県、南三陸町には翌朝7時過ぎに到着しました。宮城県、南三陸町、歌津地区にあるニュー泊崎荘さんに子供たちを預け、登録をしていた南三陸ボランティアセンターに行きました。もろもろの説明を受け本日は漁業復興のボランティアを行いますとの事でした。この日は約50人ほどのボランティアの方がいたでしょうか。北海道、青森、東京、神奈川、兵庫、広島などから集まっていました。学生さんが多いなーと思いました。そして袖浜地区という小さな漁港に向かい、こんぶ、ワカメの養殖のお手伝いをしました。三陸地方は漁業がメインの地域になります。津波で漁船が流されました。作業場も機械も流されました。養殖棚も流されました。家も家財道具も大切な思い出の品をすべて失いました。しかしなんとか養殖棚を復旧させて、よしまたこれから漁業をやるぞという段階です。1日作業のお手伝いをして最後にはお土産のめかぶを頂きました。漁師のおじさんと話をしていて印象に残った言葉がありました。「津波ですべて流されたけどおらこの仕事が好きなんだよなー3月4月はまだ養殖の仕事があるけれどその後船もないから仕事がないんだよ。あんたらが来てくれるとにこにこしていられるけどいなくなれば心がショボンだなー、まー生きてかなきゃならねーからなー」 と瞳を潤ませながら話していました。
夕方ニュー泊崎荘に戻りお風呂に入り夕飯を頂きました。従業員の方曰く、地の魚が入りにくくいいものが入らず申し訳ありませんと言っていましたが、心づくしの豪華な夕飯でしたよ。子供たちにはハンバーグも付いていておいしそうにほおばっていました。
翌日は岩手県平泉町に向かい世界遺産にも登録された中尊寺に行ってきました。金色堂しかり能舞台しかりすばらしいものでした。特に国宝、重要文化財に指定されている数々の仏像は圧巻でした。息子もすっかり千手観音菩薩のとりこになっていました。
お土産屋さんで色々物色をして民宿に戻りました。岩手県の平泉地方周辺はよく小沢大国と言われるだけあり道路、橋、河川の護岸工事等々ものすごい充実ぶりだなーとちょっとびっくりしました。
翌朝ニュー泊崎荘をチェックアウトする時民宿内に併設されているパテシエールクリコさんの地元では有名な復興絆ロールをお土産に買っていきました。EXILE、土屋アンナさんもお気に入りらしいですね。
今回お世話になったニュー泊崎荘さんは震災時高台にあると言う事もありいち早く地元住民の方の避難所として解放されたとの事でした。陸の孤島となり何日間も救援を待っていたとの事です。現在は復旧関係の工事の方の拠点となり、隣には仮設住宅もあります。おかみさんを始め従業員の方々たちも心の傷など微塵にも出さずとても素敵なおもてなしをして頂きました。特に子供たちはお世話になりっぱなしで心から感謝を申し上げたいと思います。
最後に南三陸町防災センターの跡地で3人で黙祷をしてきました。
被災地は今確実に復興にむけて動いています。しかし1年たった今心のケアーが求められていると思いました。そして大人たちは雇用の問題が大きいと思いました。今地球に生きている人として何ができるのだろうと本当に考えさせられました。まず皆さんにお伝えしたいのがあの大震災をぜったい忘れないでください!!募金をしてください!!ボランティアに行ってみてください!!東北に観光に行ってください!!決して他人ごとではありません。国も頑張ってはいるんでしょうがもっとニーズに合わせた対策をしてください。内輪もめばかりしていて被災地の事、忘れてはいませんか?税金の無駄遣いばっかりしてんじゃねーぞ。国会を東北に置く位の意気込みで仕事しろ!!
今こそこの時代に生まれてきた人間として日本国民として踏ん張る時ではないでしょうか?絆、日本です。

  
  
  
  
  
  

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